2012年01月29日

手前味噌

 無職生活を堪能中のワタクシ。暇にあかせて、甘酒やら、酒蒸しまんじゅうやら、肉まんやら、納豆やらを作っているのは、このブログに書いてきました。でももうひとつ作ってみたいものがあったのです。でもハードルが高そうだしどうしようかなぁ…と思っていたのですが、思いきって作ってみることにしました。何事もチャレンジ!です。

 チャレンジしたものとは、はい、お味噌です。発酵食品は衛生管理や温度管理が大変そうなので、ちょっと躊躇するのですが、まぁとりあえずやってみましょう。

120128_2226~01.jpg 材料は大豆、米麹、塩のみっつ。

 麹はインターネットで探して静岡の麹屋さんからお取り寄せしました。鮮度を大切にしているお店のようで、基本的には受注販売らしいのですが、1月27日に作ったものの在庫があったので注文したところ、即日配送してくれました。
 「味噌を作ろう!」と思い立った日が1月27日なのに、米麹1.5kgが手元に届いたのが1月28日。なんというスピードとタイミングなんでしょう!

 大豆は乾物屋さんで買ってきた2kg892円の北海道産とよまさりを1kg使用。塩は以前買っておいた沖縄のヨネマースというお塩。特にこだわったという訳ではありません。まぁ初回ですからね。

 初日1月28日は大豆を洗い、たっぷりの水に浸けること。そして「塩切り麹」と呼ばれる、麹と塩をまんべんなく混ぜたものを作って作業終了(左上の写真が塩きり麹)。
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 18時間ほど浸水させますが、大豆は2倍の大きさになります。大豆は普段からよく使っているので大きくなるのはわかっているのですが、普段はせいぜい計量カップ1杯程度と、大量に大豆を戻すことはないので、ボウルから溢れんばかりの量にびっくりしますね(笑)

 翌1月29日はいよいよ仕込みに入ります。

 先ずは大豆を軟らかくなるまで煮ます。普通の鍋だと4〜5時間かかるところですが、圧力鍋だと加圧15分蒸らし20分と、時間もガス代も節約することが出来ます。ブラボー圧力鍋!

 柔らかく煮上がったら大豆を潰します。ポテトマッシャーや肉挽き、フードプロセッサーなどを使うと楽らしいのですが、我が家にはどれもないっ!!!というわけで、きれいなビニール袋の内部を焼酎を含ませたキッチンペーパーで拭いて、大豆を投入、瓶で押してぐにぐに潰しました。

120129_1812~02.jpg120129_1812~01.jpg そしていよいよ前日用意した塩切り麹と混ぜていきます。
 大豆に塩切り麹、少量の種水(大豆の茹で汁)を入れてよく混ぜ、ボール状にします。この混ぜる作業が結構力が必要。混ぜていて、そういえば右手は腱鞘炎気味だったことを思い出しました(笑)

 このとき大豆と塩切り麹を混ぜるためすり鉢を利用しました(他の大きめのボウルは使っていたため)。そしたらですね、なんどか爪を「ガリッ!」とやっちゃいまして、右手がみすぼらしくなってしまいました(呆)もともと糠床を混ぜるので爪は短めなのですが、いやぁ格好悪い。寿司桶とかボウルとかでするといいですね(あたりまえかっ)

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 で、これができたみそ玉。なにゆえボール状にするかといえば、保存容器のなかに「うおぉ〜りゃぁ〜っ、ビシッ!!!」と投げ込むため。こうすることによって余分な空気が抜け、カビが生えにくくなるんだとか。ストレス解消にも良さそうです(笑)
 ワタクシは空気に触れにくくするため、容器の中にビニール袋を敷き、その中にみそ玉を詰めました。
 みそ玉の最後のひとつに塩と焼酎を混ぜ込み、表面を覆うようにのばして広げました。これもカビが生えないようなアイデアなんだとか。

120129_1833~02.jpg これが詰め終わったところ。容器は100円ショップで210円で買ってきたものです(笑)重石をしたほうがいいのか現在悩み中。これからもう少しネットで調べて決めたいと思います。

 ちなみに味噌が上手く出来たか否かは1年後にしかわかりません、多分。その前にカビカビになっちゃえば別ですが…(それはいやーっ!)。

 今回仕込みに使った材料代は麹の送料も含めて2500円程度。出来上がりは4〜4.5kgの予定なので、正直買ったほうが安いと思います。でも自分で作るのってなんだか楽しいし、言い尽くされてはいますが材料が全部わかるというのもいいですね。
 そうそう、味噌を仕込んだ後、ワタクシの両手のひらはしばらくの間、あまい大豆と麹の香りになっていました。とってもいい香りでしたよ(笑)

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2012年01月28日

だしの威力

 先日、東京へ遊びに来た友だちと日本橋で会いました。待ち合わせ場所は日本橋の「コレド室町」。ここ、ずっと行ってみたいところだったのです(ワタクシの意向かよっ!という突っ込みはなしで^^;)

 ここには刃物や調理器具の木屋(日本橋木屋本店)、金沢金箔の箔座日本橋、そして鰹節のにんべん(日本橋本店)と、もうテンションが上がる店ばかり!(笑)

120124_1048~02.jpg にんべんでは店の一角で鰹節を削っているので、店内はほわ〜っと鰹節のいい香り。嗚呼、たまりません。

 ここの出汁バーでは、日本人に生まれたことを感謝したくなる1杯を楽しむことが出来ます。鰹オンリーと鰹+昆布の二種類で、1杯100円也。
 鰹のみの出汁の香りがなんといっても素晴らしい。この香りだけで「ああ、日本人でよかった」と思えます。塩と醤油も設置されているのでお好みで足して、更に美味しくなった出汁を楽しむことが出来ます。ああ、幸せ。

 もちろんにんべんの商品が色々と売られており、それらを見たり、味見をしたりするのもとても楽しい。鰹節だけでなく、つゆの素や佃煮、ふりかけ、更にはドライ納豆と、ついつい財布の紐も緩もうというもの(笑)

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 で、緩んだ財布で買ってしまったのがこれ、シート状の鰹節「手巻きかつお」です。おにぎりに海苔の代わりに巻いたり、チーズに巻いておつまみにしたりするとおいしいらしいです。

 そんなわけで早速おにぎりに巻いて食べてみました。本日は鰹のみのシートです。ほかほかおにぎりが発する湯気で、シートがちょっとほわほわしていますが、鰹の旨みがごはんと絡み合って旨さ倍増!ほんと美味しい!
 ちなみに我が家は玄米なので、ごはんと鰹節シートの色合いが似ていて、見栄えがちょっと良くないですかね?でも抜群に美味しいですよ、いやホントに。出汁のある国に生まれた幸せと玄米を一緒に噛み締めた晩ごはんでした(そう、晩ごはんです…笑)
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2012年01月27日

旅の日記(8/14【オーストリア】オーストリア料理でお腹いっぱい)

 今日は移動日。日曜なのでスーパーも休みだし、ゆっくりと出る。今日はバート・イシュルへ。

 列車のコンパートメントで一緒になったご夫妻に話しかけられる。なんでも1972年札幌オリンピックでリュージュ選手として来日されたことがあるらしい。ロータリークラブの関係で日本人サックスプレーヤーを3ヶ月泊めたこともあるらしく、オット氏と話がはずむ(?)バート・イシュルのおすすめレストランを教えてもらったりして過ごす。
 その後乗り換えた列車でもおばちゃんに話しかけられ、オット氏は強制ドイツ語状態。

 その後、多くの人が列車を降りるので、どうしたのかな?と思っていたら、バート・イシュル方面へ向かう人は皆バスへ乗り換えだったらしい。なんとか乗り換えたものの、バスは満席。立って30分以上一般道を行く。湖畔で景色はよいものの、オット氏酔う。再び列車に乗り、今度こそバート・イシュルへ。大丈夫か!?オーストリア鉄道!?

 バート・イシュルへ着きユースへ。チェックインしようとしたら日曜だったので、夕方のみチェックインが可能だった…たらーっ(汗)
荷物を置かせてもらい、温泉へ。

 1日券を買い、いざ温泉…ではなく、まずは昼ごはん。その後温泉へ。
 塩泉でかなりしょっぱい。4つの温泉のうち塩泉でないのはひとつだけ。でもゆーーーっくり浸かり、ゆっくり休み、温泉満喫。

 ユースのチェックイン後、夕食の予約がなされていなかったことが判明。しかも今からは無理とのこと。レセプションでお勧めオーストリアレストランを教えてもらう。

 行ってみると格式のありそうなレストラン。ちょっとビビりながら入ってみる。と、メニューは外に掲示してあったものと同じ。ちょっとホッとする。
 民族衣装を着た家族連れや、地元のおっちゃんたちもご来店。今日の定食を、オット氏は単品を頼むも、提供されたらメインは実は同じ!しかも豚肉の塊がふたつ!あひ〜
 美味しい!でも多すぎ!なんとか頑張って食べた。温かいザウアークラウトも、デザートのテリーヌ(ヨーグルトムース、アプリコットソースかけ)も美味しかった。でも多すぎ。今までのオーストリア料理と違うやん!

 今日は温泉に行ったので、シャワーなしでさっさと寝る。

* * * * * (日記ここまで)

 バート・イシュルは温泉町。皇帝フランツ・ヨーゼフの別荘がいまも残っています。塩の採掘で有名な地域だけあって、温泉も塩泉がメイン。塩っ辛いのなんのってあせあせ(飛び散る汗)
 でも温泉に入るとリフレッシュできます。ユースホステルに「バスタブ」などあるはずもないので、この10日に一度の温泉がかなり楽しみなのです。
 ここでもロッカーの使い方がわからず四苦八苦、結局通りすがりのお兄ちゃんが教えてくれました。ありがたやありがたや。

 この日は日記にもある通り、ユースで入れたはずの夕食の予約が入っていなかったので、図らずもオーストリア料理を食べることになりました。
 ワタクシは定食を、オット氏は単品を頼んだのですが、なーんとメインが一緒爆弾ふたりしてメニューのどこ見てるんだ、って感じですね(笑)
P1040473.JPGP1040474.JPG左斜め下ワタクシが頼んだのが左
オット氏が頼んだのが右右斜め下

 ねっ、同じでしょ(笑)
 しかも豚肉なんだけどまぐろっぽくもあり、不思議な美味しさで、そして量が半端なく多い一皿でした。

 ちなみにこの日のユースの夕食は「パスタ」だったらしいです。ユースのパスタが美味な可能性は低いですし(苦笑)、予算はかなーりオーバーしたもののどこかでオーストリア料理は食べたいと思っていたので、結果オーライだったと言えましょう。

関連旅日記
離職記念☆37泊38日貧乏旅行27:オーストリアの巻C 温泉とオーストリア料理を満喫!
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2012年01月22日

旅の日記(8/13【オーストリア】自然の氷と塩)

 駅前のスーパーSPARで昼食を買い込み氷穴へ向かう。
 ヴェルフェンの駅前は閑散としている。バス停の表示を見ると(駅から離れたバス停からは)氷穴へ向かうバスが25分に1本ほど出ているらしい。表示に沿って橋を渡り、川沿いを右に行ったところにKASSA(券売所)があり、バスが停まっている。バスのチケットを買って乗ったらすぐ出発!なんとタイムリーなこと。

 バスは山の高台へ。途中大きな山城が見える。生憎の雨で下界や山頂付近は雲で見えない。

 バスを降りてKASSAで入場券購入。KASSAは大きな建物で、立派な土産物屋も併設している。
 KASSAから登り道を20分弱、ケーブルカー乗り場へ到着。小さめのケーブルカーに乗ってす〜いと上まで、かなりの角度の斜面を結構早いスピードで上がっていく。これ歩いて上がったらどのくらいかかるの…?
 ケーブルカー駅からまた20分ほど登る。けっこうきっつい。うひ〜。と歩いているうち、ぱっくりと口をあけた洞窟が。これが入口。

 ツアーのお尻のほうにくっついてすぐに入場。オット氏がカンテラを持って出発!!
 入口の扉に来ると洞内から強風が!!!さ、寒い!慌ててフリース着用。オット氏のカンテラはすぐ消えたたらーっ(汗)
 洞内はひんやり、あかりはカンテラの明かりのみ、20人ほどが1人の案内人について行く。案内人の兄ちゃんはドイツ語と英語で説明してくれる。照明はカンテラ(と兄ちゃんのもつ強烈な明かり、マグネシウム?)だけなので、けっこう心細い。足元はしっかりとルートが作られているが、いきなりかなりの階段を上がらなくてはいけないので、特に子どもは大変だぁ。でも氷の造形はお見事。どれだけの時間がかかったのだろう、と思わせる程の大きな氷柱や、風紋のある氷、熊ちゃんに見える氷の塊など圧倒させられる。
 洞内は風が吹く訳ではないが、長い時間滞在するので少しずつ手指や足先が冷えていく。特に手すりやカンテラは金属なので手が冷える。でもオット氏はTシャツとカッパのみという、キョーイ的な薄着で平気な顔してた。恐るべしオット氏。
 しかし兄ちゃんは日に何度も氷点の洞内で同じ説明を何度もくり返すんだなぁ…そりゃ氷上でもすーいすいと動けるわけだわ。

 氷穴見学を終えると、入口付近はけっこう沢山の人がいてびっくり。そのあともケーブルカーのりばも長蛇の列が出来ており、早めに来てよかった〜としみじみ。黒髪率は高くなかったけど、人気スポットなのねん。
 入場券売り場で石やピン(お土産)を買い、バス乗り場に行ったら、どうやら出た直後の様子。バナナランチを食べながら待つ。

 駅で列車に乗りハラインへ。ここは塩鉱。
 バスで運ちゃんに聞くとオーストリアパスでOKみたいだったので、一応安心して乗り塩鉱へ。

 チケット売場ですぐ始まるツアーに間に合ったのはいいけど、慌ててオーディオガイドを借り忘れてしまった!!!荷物を預け、作業服を着ていざ出発!
 子ども鉄道のような乗り物に乗って奥へ奥へ。けっこうなスピード!中では塩鉱と塩で儲けたザルツブルクのおっちゃんの話が、説明と映像で紹介される。英語、独語、伊語で…。
 よく写真で見るすべり台は思いの外短いけど面白い!塩鉱内にドイツとの国境もあり興味深い。そっか〜ハラインはドイツすぐそこなのよね〜

 その後ザルツブルクに戻りユースへ。ユースでお勧めレストランを聞くとイタリアンとのこと。どうしようかしばし悩むが、宿から近いこともあってイタリアンにする。ピッツァを1枚頼むが大きい!2人で1枚は少ないけど、1人1枚だと多いなぁ。でも美味しかった。

* * * * * (日記ここまで)

 音楽好きならコンサート三昧!というところでしょうが、そうじゃないワタクシたちは郊外に出掛けることにしました。ワタクシたちはどちらかといえば自然遺産っぽいものが好きなようです。

120121_2319.jpg ヴェルフェンの氷の洞窟はここならではかな、と思い訪れました。鍾乳洞なら地元や地元近隣にあるので何度も行きましたが、氷の洞窟は初めて。
 でもここへ行くために荷物が多くなってしまったのも事実。「トレッキングシューズがやはり絶対に必要」という判断の最終的な決め手となったのが、ここ氷の洞窟訪問でした(もうひとつの決め手はユングフラウの雪上山歩き)。フリースも必要ですしね。
 でも行ってよかったです。ここは健脚のうちにしか行けません。鍾乳洞とは違った自然の造形美には、本当に見とれるばかりでした。洞窟内写真撮影禁止なので、お見せできないのが残念です。お土産屋さんで購入した絵はがきを写真に撮ってみましたが、ちょっとわかりづらいかなぁ?

 そういえばワタクシたちは荷物が重くなるため、「お土産」をあまり買わないのですが、ここではふたりともそれぞれお買い物をしました。
 ワタクシはケーブルカーを模したバッヂ。キャラクターである熊ちゃんのがあればベストだったのですが、なかったんですよね〜。
 オット氏はWismutなる石。実はオット氏は石好き。出先でちょこちょこ小さな石を買うのです。Wismutが果たして何なのか(まぁ鉱石っぽいですが)、そもそもこの地方で採れるものなのか、まーったくわかりませんが、それでも楽しそうに選んでいました。
 で、これがそのお土産です。なんて小ぶりなお土産なんでしょうねぇ(笑)
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 *帰国後Wismutについてオット氏が調べたところ、ビスマス、日本語では蒼鉛(そうえん)という物質だそうです。原子番号もちゃんとあるらしいです。

関連旅日記
離職記念☆37泊38日貧乏旅行26:オーストリアの巻B 氷と塩と
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2012年01月21日

寒い日にはほかほかおやつ

 相変わらず惰眠を貪っているワタクシ。あまりだらだらとしていても宜しくないので、初めてのことに挑戦してみようと思い付きました。
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 近所のスーパーに八海山の酒粕が売られていたので買ってきて、取り敢えず甘酒を作ってみました。酒粕ならではのいい香り♪
 酒粕の香りを嗅いでいると、最近酒蒸しまんじゅうを食べていないことに気がつきました。そういえば近所では殆ど見かけない。長いこと食べていないと思うと無性に食べたくなる。折角なので、作ってみることにしました。

 初めてなので、インターネットで調べたレシピ通りに作ったら、一口サイズのお上品なサイズになってしまいました(道理で小麦粉の量が少ないと思った)。本当は「かぷっ」と大口でかぶり付きたかったのですが…(苦笑)
 でも味はしっかり「酒蒸しまんじゅう」でした。次はもっと大きく作ろう♪

niku1.jpg 酒蒸しまんじゅうの次は一度作ってみたかった肉まん!
 同じようにインターネットで作り方を調べたのですが、ホームベーカリーを使って発酵させる手法が多い。我が家にはホームベーカリーどころか、電動ミキサーも粉ふるいすらもないんじゃーっ!
 というわけで、ごく簡単な作り方のものを選択しました。

 蒸しあがりは左の写真の通り。皮のふくらみがちょいと足りませんが、初めてにしてはまぁまぁ、でしょうかねぇ。自己採点甘すぎ???(笑)次はちゃんと一次二次発酵させる方法で作ってみよう(リベンジ決定!)

 作ってみてわかるのが、家にあるものでなんとなく出来ちゃうんだなぁということ。もちろんプロの技には敵いませんが、そこそこ美味しいものが出来る。そして「できたてほかほか」を家で食べられるというのは、結構幸せなことなのかも。そんなことをおもいつつ頬張るほかほかおやつです。

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2012年01月09日

旅の日記(8/12【オーストリア】ザルツブルクには来たけれど)

 7:00起床…のつもりが、目覚めたら7:50!飛び起きて用意し、バスに乗る。でも電車には間に合うか否かギリギリだし、朝ごはんも買う必要があったので、あきらめて次の列車にする。
 駅のインフォメーションで確認すると、次のIC(インターシティ・特急列車みたいなもの)はドイツを経由するも、オーストリアパスでOKとのことだったので、うほうほとICへ。後で知るが、ドイツの地は経由するが、ドイツの駅に停車しない列車だった。だからOKだったのか?

 約2時間のICの旅を終え、11:00すぎザルツブルクに到着。駅は改装中で材木の香り。インフォメーションで地図を貰い、荷物をロッカーに入れいざ町なかへ!

 川沿いの道を歩くも人が少なく「こんなもん?」と思っていたが、旧市街に入ると一変!観光客の多いこと。インスブルックといい、ザルツブルクといい、見どころのみに人が集まっている感じ。

 昼ごはんはセルフレストラン。ビールは美味しいけど料理はまぁまぁ〜いまいち。セルフレストランはピンキリの差が大きそう。気楽なのはいいけど、あたりハズレありだなぁ。相席をしてもらった。赤ら顔のおっちゃんは気のいい人で、私たちが席を立つ時も「いい休暇を〜」と言ってくれた。

 疲れが抜けていないらしく、2人共PMにはお疲れモード。とりあえずDEMEL(デーメル)に行ってザッハトルテを食べるもオット氏によると濃厚さがザッハーほどではないとのこと。コーヒーは美味しかったけど、私の頼んだHimbeereのソーダは、ソーダ水Himbeere風味という感じだった。POSTで切手を買い、Nさんへのハガキを投函。
 ミラベル公園を抜け、ユースホステルへ。チェックインのあと、スーパーへ行き、夕食の買い出し。部屋で夕食を済ませる。ちょっとおやつ寄りになったけど、こんな日もいいかも。

* * * * * (日記ここまで)

 ザルツブルクに来るのは2度目です。1999年の夏に一度訪れたことはあるのでうすが、このときはなんと「宿泊しただけ」。その他にもう一度来る機会があったのですが、結局来ないまま。なんとなく「やり残した感のある町」それがワタクシにとってもザルツブルクでした。

 で、十数年ぶりに訪れたザルツブルクですが、ワタクシの中にはあまり響いてきませんでした。あの時には来るべき理由があったのかもしれませんが(だからこそ心残りだった)、タイミングを逃してしまったのかもしれません。
 でも・・・よぉ〜く考えたらワタクシ、クラシックにはまーったく造詣がないのです。モーツアルトの生誕地として有名なザルツブルクなのにですよ。当時も今も響かないものは響かない、ということかも知れません(笑)

 そうそう、ドイツ語圏といえばプレッツェル。最近は日本でも売られていますが、岩塩が「これでもかっ!」と乗っているものは日本ではあまり見かけません。「こんなに塩つけなくてもいいよぉ」といいつつ、岩塩を適宜外しながら食べるのがいい。
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ビールに合うんですよ〜ビール


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離職記念☆37泊38日貧乏旅行25:オーストリアの巻A モーツァルトの生まれ故郷を訪ねて

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2012年01月08日

旅の日記(8/11【オーストリア】6カ国目突入!)

 6:00過ぎ起床。ごはんを食べて出発。朝、K家、Y家、実家に電話。

 オーストリアパスの開始手続きをSargans(サルガンス)で行い、残った硬貨2.3スイスフランを使ってビール(1.9スイスフラン)を買い、オーストリアに向けて出発!ところが、列車はBludenz止まりでそこからはバスという。11:00Bludenzをバス出発。1時間ほど高速道路を走り、ランデックでRailjet(RJ)に乗り換える。RJは心地よい。

 Innsbruck(インスブルック)に着いたのは40分遅れの13時前。テレジエンブロイに行き昼食を食べる。量は少なめだったけど、普通の飽きのこないランチという家事で美味しい。ビールの味が変わった。見た目も無ろ過のような色合いをしている。

 その後町歩き。駅前はそんなに人はいなかったが、旧市街は多くの人出。通りの店を冷やかしたり、大聖堂でクラーナハの聖母図を見たり、ザッハーでカプチーノを飲みながらNちゃんに絵葉書を書いたり。
 郵便局では思いのほか郵送代がかかりちょっと冷や汗あせあせ(飛び散る汗)

 なんだか疲れてきたので、駅で荷物を回収しバスでユースホステルへ。イン川沿いにあるユースは(スイスを脱したことだし)大して期待していなかったのだけど、きれいで部屋にトイレ、シャワー、洗面台があり便利。
 受付の兄ちゃんはスキンヘッドでいかつい顔をしているけれど、丁寧で笑顔がキュート。

 夕食はユースホステル近くのレストランへ。思いの外量が少ない。オーストリア人の胃袋は小さめなのか?レストランに行く途中、イン川で恒例のちゃぷちゃぷ。水がきれいだったので、足もつけてみる。ちべたい。川の水の色は白っぽい緑色。

 しかし今日はよくビールを飲んだ!スイスフランの残り硬貨で500mlの缶ビールを買い、午前中から列車内で飲み、昼はビアレストランだったので300ml飲み、夕食時も飲んじゃった。ソフトドリンクと値段大して違わんかったし…。
 二人とも疲れがたまっているので、早く寝よう!

* * * * * (日記ここまで)

 スイスを後にし、6カ国目となるオーストリアに突入しました。しかしその途端、鉄道からバスへの代替輸送になり、大丈夫か?オーストリア鉄道!と思ったものです。色んなことにとても警戒していたイタリアでもこんなことなかったのに…と。
 でも、色々なことがあるのが「旅」。いちいち気に病んでいても仕方ないんですよね。「乗る予定のなかったバスに乗って、通るはずのなかった高速道路を通れるよ。ラッキー♪」くらいに思えるといいかも。ただ乗り物酔いしやすいオット氏はそれどころではなかったようで、気の毒でした。

 それはさておき。
 最初に旅の予定を立てたときの期間は3週間で、このオーストリアより先はなかった行程でした。いわゆる「おまけ」ですね。
 で、滞在日数を増やした折「折角だからここにも行こう」「あそこの世界遺産にも行けるよ」などとついつい詰め込んで予定を立ててしまったので、結果的にバタバタした日程となってしまいました。ワタクシがしたかった『ゆっくりゆったり水面を見ながらビールを飲む』といった旅にならなかったのがちょっと残念でした。

 やはりひとつふたつ滞在先を減らし、その分じっくり腰をすえて楽しんだ方がよかったかな…といまさらながらに思っています。どっちにしても贅沢なことではありますが。
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 そういえばここインスブルックのユースホステルは、オット氏と同室の4人部屋でした。しかし他の宿泊客が結局来なかったので個室状態。この部屋はシャワー、トイレ、洗面台がついた部屋でした。普通のホテルだと当たり前の設備ですが、ユースの部屋にこれらがあるとなんだか得した気分になります(貧乏性ねぇ…笑)。折角なので写真も。便器の右奥のすりガラスで仕切られたスペースがシャワー、右手前が洗面台です。これで「得した気分」になっちゃうんだから、安上がりだよねぇ(笑)

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2012年01月05日

旅の日記(8/10【ドイツ】さようならコンスタンツ)

 6:30起床。船でコンスタンツへ向かう。クロイツリンゲンからは12分の船旅。冷たい風が心地よい。インペリアルを眺めながら、コンスタンツ入港。
 昨日頂いたG家からの土産を郵送するためポスト(郵便局)に行くが、船便の扱いがなく(航空便となったため)40ユーロもかかってしまった。ひょえ〜(泣)

 その後カールシュタットに行きラウシュマイヤーの指輪を買おうとしたが、特別なものなので引渡しまで最低4日かかるとのこと。流石にコンスタンツには戻れないので泣く泣くあきらめる(1アウト)。
 駅前に戻りお買い物かばん(エコバック)を買おうとするが、持ち手が短く使いづらいのでオット氏泣く泣くあきらめる(2アウト)。
 インフォメーションに行ってコンスタンツちゃん(アヒルの人形、名前は勝手にそう呼んでいるだけ)を買おうかな?と思うが、4ユーロもするのでやっぱりあきらめる(3アウト・チェンジ)

 駅前のレストランでドイツ風(これぞドイツな)ごはんを食べ、コンスタンツの高齢化を確認し、コンスタンツを離れる。なんとなく去り難い。

 チューリッヒでは再び町歩き。ユースホステルのあるリヒタースヴィルへ。湖畔にあるユースホステルは感じがいい。4人部屋(男女別)は同室人がおらず、結局1人使用。ぐっすり眠る。

* * * * * (日記ここまで)

 前回の記録どおり、コンスタンツはワタクシにとって特別な町です。なので、去り難い。何日滞在したとて多分去り難さに変わりはないでしょう。

 前日G家の皆さんから頂いた山のような贈り物は、本当に沢山あったのでワタクシのちっこいキャリーバックに入るはずもなく、郵便局から日本へ送ることにしました。ママからだけでなく、すでに家を出ている息子さんやイタリア在住の娘さんからのプレゼントもあったのです。本当に熱烈歓迎でした。
 しかしいつから船便扱いなくなったんですかね〜使いづらいったらありゃしない。航空便だとワタクシたちより荷物が先に日本についてしまう。船便だったら1ヶ月ほどかかっていたので丁度良かったのに…。

 まぁそんなこんなでコンスタンツとはこれでお別れ。また来られるのかなぁ。

 そしてその後再びスイスに入りました。スイスもこの日が最後の夜。
 チューリッヒ湖畔にあるリヒタースヴィルという小さな町で1泊してしまえば、翌日はオーストリアに抜けるのです。なが〜い時間をかけて回ってきたスイスも最後かと思うと、これはこれでちょっとしんみり。

 物価が高いじゃなんじゃと言い続けてきましたが、とても旅がしやすい国であることは間違いないです。安心して旅が出来るいい国です。旅行者には親切だし、自然は素晴らしい。もうちょっと安く旅が出来ればまた来たいですが…結局ここに話は落ち着きますね(笑)
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 これはコンスタンツで見かけた標識(というか看板?)。たぶん「この先掃除中なのですべらないようご注意」という意味と思われます(まさに清掃中でした)。看板にも地域によって色々あって気をつけて見ていくのも楽しいですね♪

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離職記念☆37泊38日貧乏旅行22:ドイツの巻@ コンスタンツで町歩き
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2012年01月04日

旅の日記(8/9【ドイツ】コンスタンツ・再会)

 7:00起床。今日はG家を訪問し、Iさんと会う日。ドキドキする。先ずはコンスタンツに行って町歩き。カールシュタットでまたラウシュマイヤーを見て悩んだり、4階のレストランでコーヒーやホットチョコレートを飲みながら絵ハガキを書き、ポスト(郵便局)で出す。(切手代が)安い。やっぱりイタリアでは間違われていたんじゃないかなぁ?

 いよいよG家。電話し「2時に着く」というつもりが「2時に駅前を出発する」と間違えて言ってしまった(泣)そのため、ちょっと時間が出来。土産のケーキなどを買い足す。
 13番のバスに乗るが2.1ユーロ(約240円)になっていてびっくり。2マルク(約120円)だったんだけど…(12年前だけど)

 最寄バス停で降りて懐かしい道を行く。「確かこっちだよ〜」とかいいつつ、通りに入ると、家の前でママが待っていてくれた。すっかり白髪になっていたけど、変わらない笑顔で。ママのハグはいつも強烈。変わっていない、パワフルなところも早口なしゃべりも。
 G家の息子さんの友だちDさんがG家滞在中のご様子。

 家の中も懐かしい。でもなんだか静か。パパの姿も飼い猫の姿も飼い犬の姿も見えない。そして辛い知らせ。パパは5月に亡くなっていた。もうちょっと早く来れば会えたかもしれないのに、少し遅かった。勿論色んな想定はしていたけど、現実を聞くのはとても辛い。ママも大病し手術をしたらしい。今は元気そうだけど…。

 G家の息子さん、娘さん、そしてママから沢山の贈り物。持ちきれないくらいに。オット氏にもママからカフスボタンのプレゼント。私からの手土産少なすぎ???
 そしてママのお手製ティラミス。途中からDさんも参加。これが有難かった。Dさんはブルガリア人だけど、ママのことばを(わかりやすいドイツ語に)要約して伝えてくれる。私はしゃべれなくてママにもっと勉強しろと怒られたけど、またそれも嬉し。息子さんや娘さんとも電話で話すが、やはり上手く話せずしょぼーん。滞在の3時間ちょいは、あっという間。

 その後バスで駅前へ戻り、Iさんと待ち合わせ。あいにく雨は降り出したものの、無事会える。ご主人のJさんはおだやかな感じ。イタリアンの店に行くも、私たちはG家でケーキ&コーヒーをいっぱい食べてきたので、前菜くらいしか食べられず。
 Iさんは(当たり前だけど)流暢なドイツ語。Iさんもご主人も(私のつたないドイツ語を)一生懸命聞いてくれる。娘さんも22歳になったと聞きびっくり。楽しい時間だった。

 ユースホステルには23時半ごろ戻り就寝。

* * * * * (日記ここまで)

 コンスタンツ滞在2日目は懐かしい人たちとの再会の日でした(*日記と説明文がごちゃごちゃになっていたので1/4に整理しました)。

 ひとりはドイツ語学校でクラスメイトだった女性Iさん。彼女も私も同じ初級クラスだったのですが、知り合った後もずーっとドイツで暮らし続けているので、いまやペラペラ(あたりまえだ)。だが私と彼女の共通言語は「ドイツ語のみ」。手紙のやり取りはずっと続けていたのですが、手紙を書くのと話すのは違いますからねぇ〜そもそも手紙だって我が家の「赤ペン先生」によるチェックが必須なのに(泣)
 平日の夜でしたが時間を作ってくれ、無事会うことが出来ました。彼女も彼女のご主人も、ワタクシのメタメタなドイツ語を一生懸命聞いてくれました。

 もう一件は以前ホームステイをしていたご家族G家。
 ママさんは髪は白くなっちゃってましたが、パワフルさは以前のまま。熱烈歓迎でした。オット氏に対しても「錫は私の娘だ。お前は錫の夫だから私の息子だ」とやっぱり熱烈歓迎。

 しかし会いたかったパパさんは亡くなっていました。年齢を考えると、その可能性もありうると思っていたのですが、実際にその事実を突きつけられるととても辛かったです。そして今でも残念で仕方ない。
 体が大きくて、寡黙で、ビールとサッカーが大好きで、食事時いつもワインを勧めてくれて、「写真を一緒に撮ろうよ」というとすんごくいい笑顔を見せてくれる、「これぞドイツ人」という風貌のパパに、もう一度会いたかったなぁ。あー、会いたかったなぁ。

 そーしーてー、しみじみしつつ、や〜っぱりママに怒られちゃいました『お前は勉強が足りないっ!日本に帰ったら毎日ドイツ語の本を読みなさい!』と(苦笑)
 ママ、わかっているんだってば、勉強が足りないことは、自分がちゃんと喋れていないことはわかっているのよ〜(泣)
 でもこの年になっても怒ってくれる人がいるというのは、とても幸せなことだなぁと思います。怒られながらちょっと嬉しかった。ママだけでも元気でいてくれて本当に良かった。難しいとは思うけど、また会えたらいいなぁ。

 本当にいい滞在でした。え?ちゃんと毎日ドイツ語の本を読んでいるかって?毎日読むほどワタクシが「マメ」な人間だったら、もっとドイツ語上達していますよ…ほんとに(反省)


関連旅日記(この日のことには殆ど触れていませんが…)
離職記念☆37泊38日貧乏旅行22:ドイツの巻@ コンスタンツで町歩き
ニックネーム 錫 at 17:19| Comment(0) | 異国の空の下へ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月03日

旅の日記(8/8【ドイツ】コンスタンツで町歩きしまくり)

 7:00起床。ゆっくりめに起きる。朝ごはんのときスウェーデンの女性に話しかけられる。私たちがドイツ語を話していたのを見て、前日から興味を持っていたらしい。ユースホステルの良さや、スイスの物価の話などをし、連絡先を教えて下さる。「スウェーデンに来るときは連絡してね」と言って貰ったが、なかなか行かないなぁ、スウェーデン。出発時に写真を一緒にパチリ。

 シュタイン・アム・ラインへ向かうが、天候が安定しない。駅で降り町の中心部に向けて歩く途中、大雨になったので、諦めて引き返し、コンスタンツに向かうことに。しばらくすると雨は上がり青空が。きつねの嫁入り???

 クロイツリンゲンのロッカーにコロコロ(ソフトキャリー)を入れ、実家に電話し、いよいよコンスタンツへ。

 相変わらずZoll(税関)はないので、するっと入国。駅のインフォメーションで地図を貰う。インフォメーションはとてもきれいになっており(昔はなかった)、係員は3人もいる。しかもコンスタンツグッズも色々あり、なんだか違う町に来たみたい。駅の近くに大きなショッピングセンターも出来ているし…。

 町中の広場は変わっていないけど、なんか人が多い。やたらと多い。よく行ったスーパーは改装中(潰れた?)、dm(ドラッグストア)、カールシュタット(スーパー)は変わらず、ミュラー(スーパー)ができており、すんごい人出。なんといっても人が多い。なんで???ミュラーでXavier NaidooのCDを購入。

 ノルトゼーで昼ごはん。sushiも売っていたが、前から食べてみたかった魚のマリネサンドイッチ。想像通りの味だったが、オット氏の口には合わなかったみたい。

 その後プレッツェルを食べ、懐かしのオイローパハウスへ。近くの日本食レストランはタイ料理屋になっていたらしいが、今はピザ屋に。2階が宿泊施設のイタリアンの店はまだやっているみたいだった。
 懐かしいオイローパハウスは相変わらずあった。階段を上がり、上まで行ってみる。どこかわからず6階でうろうろしていたら、パキスタン人に声を掛けられてた。事情を説明し、中を見せてもらう。懐かしがって写真を撮ったりしてもらったが、実は私たちの部屋は4階だった(泣)でもまぁいいや。

 その後シュプラッヒェン・ディーンストへ。1階のカフェ・ロゼはなかったけど、シュプラッヒェン・ディーンストはあった。AさんやIさんはまだ居るのかな…?

P1030935.JPG 工事の終わった大聖堂近くまで戻り、念願のHimbeereis mit Sahne(ヒムベーレアイス生クリーム添え)!やっぱり美味しい。

 電車の時間間際になったので、巨大ショッピングセンター経由で駅へ。ショッピングセンターもすごい人出。人が多いから店が出来たのか、店が出来たから人が増えたのか…
 あかぬけなくて、なんとなくのんびりしていたコンスタンツの町は変わってしまったみたい。物乞いの人も多く見かけた。物乞いが暮らせるほど人が増えたということか。ドイツの失業率が高くなったのかはわかたないけど。

 カールシュタットではラウシュマイヤーの指輪を見つける。ひょっとして買っちゃうのか…!?

 コンスタンツ→クロイツリンゲン→クロイツリンゲンハーフェンと乗り継いでユースホステルへ。レセプションの人は喋りが早くオット氏テンションバッド(下向き矢印)。でも同室のチューリッヒのご家族は感じよく、女の子も可愛い。
 オプションでつけた1人15フランの夕食は…(泣)やっぱりコンスタンツに食べに行った方がよかったかな?うん、よかったよね。

 そういえば驚くほどコンスタンツ市街地の道を覚えていた。びっくり。

* * * * * (日記ここまで)

 この日訪れたコンスタンツは1998年と1999年に過ごした町です。なので、かなーり個人的な思い入れが溢れた日記となりました。

 固有名詞が多くこのままではなんのことかわからないと思われるので、日記中に出てくる言葉を簡単にご説明。

◎dm(デーエム):ドイツやスイス、オーストリアなどで展開しているドラッグストア。そんなに安い訳じゃないけど、よく利用していた店のひとつ。
◎Karstadt(カールシュタット):ドイツで全国展開している(多分)デパート。上階にはセルフレストランもある。
◎Mueller(ミュラー):ドイツで全国展開しているスーパー。10数年前にはコンスタンツにはなかった。
P1030905.JPG◎Xavier Naidoo(クサフィア・ナイドー):ドイツのミュージシャン。1998年コンスタンツに滞在した折、ジャケ買いしたミュージシャン。
◎ノルトゼー(Nordsee):ドイツで全国展開している魚料理のチェーン店。
◎オイローパハウス(Europahaus):コンスタンツ大学の学生寮。1999年の夏に2ヶ月暮らしていたところ。右の写真がそうです。
◎シュプラッヒェン・ディーンスト(Sprachen Dienst):コンスタンツにあるドイツ語学校。以前通っていました。
◎ラウシュマイヤー(Rauschmayer):ドイツの貴金属メーカー。結婚指輪で有名。

 十数年前に数ヶ月滞在したことのある町なので、懐かしさ満載!でした。日記にもあるとおり、町なかの道をほとんど覚えていました。「こっちへいったら○○、そこで曲がったら××、そこのスーパーのトイレはただで使えたはず」という具合。

 懐かしくあちこち見て回った割には写真を撮りませんでした。後から旅日記を書くとき「あーっ!あの像と大聖堂の写真撮っておくんだった〜」と思ったものです(笑)

 この日はコンスタンツの町並みを存分に堪能しました。翌日は懐かしい人たちに会います。


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ニックネーム 錫 at 23:12| Comment(0) | 異国の空の下へ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする